今年実証実験を開始した中部電力のサービスが話題になっている。フロントローディング※の実現に寄与するデジタルツインプラットフォームを提供するものだ。個社による仕組みの構築が不要なため、導入コストを抑えられる。これは資金面の問題でデジタルツインを活用できなかった中小製造業にとって、救世主になりうる。本記事ではプロジェクトオーナーである中部電力の先端技術応用研究所と、プラットフォームの構築を行ったドリームインキュベータの新プラクティス「Technology & Amplify」の各キーパーソンに話を聞いた。
※前倒し可能な工程を初期段階で行い生産効率の向上を図る取り組み
デジタルツインを活用したくてもできない状況
――中部電力の先端技術応用研究所についてご説明いただけますか。
中部電力 先端技術応用研究所 田中氏 当研究所は社会課題の解決を目指し、2020年に前身の「エネルギー応用技術研究所」から改組した組織です。主に「脱炭素化」「DXの推進」を実現するための研究開発に取り組んでいます。
――今回ドリームインキュベータ側でプラットフォーム構築支援を担当した新プラクティス「Technology & Amplify」について教えてください。
ドリームインキュベータ 沼田氏 当社はこれまでビジネスプロデューシングカンパニーとして、数多くのビジネスプランを作成してきました。「Technology & Amplify」は、そこで作り上げた価値を「増幅(Amplify)」させることを目的に立ち上げた新プラクティスです。この目的を果たすため、ビジネスとテクノロジーとの融合を掲げていることが特徴です。
――両社がタッグを組み、デジタルツイン技術を活用して製造プロセスの最適化を実現するプラットフォームを構築されました。プロジェクト構想のきっかけを教えてください。
田中氏 元々当社では、製造業向けに脱炭素化や生産性向上を実現するための生産設備の構築支援を行うサービスを展開してきました。2022年にはその実績が認められ「第9回ものづくり日本大賞 優秀賞」をいただくことができましたが、この審査の過程で、ある審査員の方から「生産設備の開発プロセスにおいてシミュレーションを行っているが、ここはデジタル化しないのか?」という声をいただいたことがきっかけです。
――プラットフォームとして提供する意義は何にあるのでしょうか。
田中氏 現在、日本の製造業は人手不足やサプライチェーンリスクへの対応など、様々な課題に直面していますが、デジタルツインはこれらの解決に貢献できるものです。しかし導入には莫大な費用がかかるため、中小企業にはハードルが高い。ならばプラットフォームとして提供すればいいのではないかと考えました。そんな折にご縁があって、ドリームインキュベータさんとご一緒することになったのです。
ドリームインキュベータ 佐藤氏 エンジニアリングチェーンも、サプライチェーンもある中で、大手製造業の活動を支えているのは中小企業であることは間違いありません。日本の製造業のレジリエンスを高めるには、全体最適が必要不可欠です。しかし、それが中小企業にとって難しいのは私たちも理解していて、もどかしさを感じていました。初めて中部電力さんからお話を伺った際は、互いの考えや理念が共鳴するような感覚があったことを覚えています。
「バーチャルファースト」な環境を実現
――プラットフォームの概要についてご説明いただけますか。
田中氏 このプラットフォームで提供するサービスは、大きく分けると「生産ラインの3Dシミュレーション」「設計プロセスのコンサルティング」「サプライチェーンの構築シミュレーション」の3つあります。「生産ラインの3Dシミュレーション」は、デジタルツイン技術を活用して製造現場の3Dシミュレーションを行い、生産性向上や垂直立上げを実現するものです。「設計プロセスのコンサルティング」は、設計段階で精度の高いシミュレーションを行うことで、フロントローディングを可能にするもの。そして「サプライチェーンの構築シミュレーション」は、プラットフォームを利用する企業同士をデジタルでつなぎ、ビジネス機会の創出と全体最適を実現するものです。たとえばある企業が作りたい製品と、それに必要な部品の仕様を公開します。それに対し、仕様に沿った部品を作ることができる企業が入札する。こういった仕組みを構築するわけです。
プラットフォームの全体概要。目指すは日本の「ものづくり」の標準化だ
ドリームインキュベータ 宮下氏 このプラットフォームで実現できるのは「バーチャルファースト」な世界です。これが実現すれば、バーチャルのシミュレーションで得られたデータから最適解を導き出し、それを物理実装へ落とし込んでいくことが可能になります。その結果、設備変更や生産ラインの増設などで発生するコスト削減のほか、エネルギー消費やCO₂の抑制なども実現できるでしょう。さらに企業間連携により、サプライチェーンはもちろんエンジニアリングチェーンにおける標準化の後押しにもなると考えています。
――プラットフォームを活用する企業は「コスト削減」「CO₂削減」「企業間連携による全体最適化」など、様々なメリットを享受できるのですね。とはいえ、系列企業などの枠組みを越えた企業間連携を実現させるのはハードルが高そうです。
田中氏 だからこそ、私たちのような公益性の高い電力会社が主導する意味があると考えています。この取り組みに参画する企業の事業と競合することがないフラットな立場ですので、安心して参加いただけるのではないでしょうか。
佐藤氏 データ経済安全保障の観点でいっても、中部電力さんがプロジェクトを主導する意義は大きいと思います。なぜなら、データ保全に関し万全なセキュリティ体制が構築されているからです。
――プラットフォームの技術的なポイントについて教えてください。
宮下氏 このプラットフォームは、デジタルツインとメタバースを融合させたこれまでにないものですが、メタバースの実現には産業用デジタルツインとの親和性が高いNVIDIA社の仮想空間構築プラットフォーム「Omniverse」をNTTPCコミュニケ ーションズ社の「VDIクラウド for デジタルツイン®」上で活用しています。そこに生産ラインのシミュレータ「Visual Components」を組み合わせることで、バーチャルな3Dシミュレーションを実現しているのです。設計のフロントローディングの実現には、シーメンスのCAEソフトである「STAR-CCM+」を活用。あわせて CAE 解析の運用を最適化するため、「ESTECO S.p.A」の多目的ロバスト設計最適化支援ツールである「modeFRONTIER®」などのソフトを組み合わせてシステムを構築しています。
製造業だけでなく、他業界への展開にも期待
――今後の展望について教えてください。
佐藤氏 現在プロジェクトは数社の企業に参加いただき実証実験を行っている最中ですが、2025年以降に本格的なサービスの提供をスタートさせる考えです。そのためにも取り組みに共感していただける企業を増やし、実証を加速していきたい。平たくいえば「仲間づくり」に注力するということです。
沼田氏 まずは製造業において実証実験を繰り返し、成功につなげたいと考えていますが、将来的には他業界への展開も見据えています。プラットフォームの活用が進み、シミュレーションデータが蓄積されれば、様々なドメインへの活用が期待できます。たとえば建設業界の設計フロントローディングへの活用や医療機関、都市づくり(スマートシティ)への活用などですね。現在は「Technology & Amplify」が中心となってプロジェクトを進めていますが、そのフェーズになればビジネスプロデュースを標榜してきた当社の強みをさらに生かすことができると考えています。
プラットフォームの基本機能は製造業だけでなく、様々な領域に展開可能
田中氏 取り組みを進める上では成功事例を参考にする必要がありますが、数々の新規ビジネスをプロデュースしてきた経験から培われた事業創造・実現の知見や枠を超えて社内外の仲間を集めるドライブ力をドリームインキュベータさんが持っていることは心強いですね。
沼田氏 先日、NHKの大河ドラマで、築山殿(徳川家康の正室で悲劇的な最期を遂げた歴史上の人物)が亡くなるエピソードを見ていて感じたのが、いくら素晴らしい理想を掲げた取り組みでも、主導する側の力が弱いと周りを巻き込むことが難しく、物事が動かず絵に描いた餅になりかねないということでした。その点私たちは、中部電力さんという実行力も知名度もある組織が旗振り役です。また、絵に描いた餅にならぬよう、使えそうなテクノロジーを駆使して新しい価値をデザイン・実現できたことで、実証実験も進み、周りを巻き込むことにも既に成功しています。今後もこういった産業・事業視点をもちながらテクノロジーの力で実現可能な絵を描き、クライアントと同じサイドの立ち位置で、戦略・企画のみならず効果の刈り取りまでコミットする事例を増やしていきたいと考えています。
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