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【連載小説】アパートに火をつけた宮里は、充代と落ち合うが――。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#2-2 - カドブン

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
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3 選択

 コーヒーチェーンの店にせかせかと入って来る宮里を見て、みつは思わず店内を見回していた。
 店はいていて、パソコンやスマホに見入っている客ばかりだった。
 宮里が向いの席に座る。
「──汗を拭いて」
 と、充代はバッグからポケットティッシュを取り出して渡した。
「汗?」
 宮里は、何を言われているのか、すぐには分らない様子だったが、「──汗をかいてるか?」
「自分で分らないの?」
 と、充代はあきれたように、「上着の肩に、灰が」
 充代は手を伸して払うと、
「何か買って来ないと」
「ああ……。冷たい飲物がいいな。自分で行く」
 と、腰を浮かしかけたが、充代が止めて、
「座ってて。そんな目つきをして、注文しに行ったら、お店の人がびっくりするわ」
「俺の目つきがどうしたって?」
「小さな声で」
 と、たしなめて、「目が血走ってるわよ。怖い顔してるし。──コーラ?」
「ああ、それでいい」
 充代は注文のカウンターで、コーラを頼んで、すぐ受け取ると、席に座った。
 宮里はクシャクシャになった自分のハンカチで首筋の汗を拭っていた。
「飲んで」
 と、充代はグラスをテーブルの上に置いた。
「──やれやれ」
 コーラを、ほとんど一気に飲み干して、宮里は大きく息を吐いた。
「──少し落ち着いたわね」
 と、充代が言った。
「そんなにひどい顔してたか?」
「ええ。人が見たらどう思うかしらって心配になるくらい。でも結局は大丈夫だった。──それで、首尾はどうだったの?」
「うん。あの安アパートだ。アッという間に燃えちまったさ、きっと」
「誰かに見られなかった?」
「たぶん、大丈夫だと思うが」
 と、自信なげな口調。「なにしろ緊張してたからな」
「それは分るけど。昼間だし、誰かに見られていても、ふしぎじゃないわね」
「ああ、そういえば……。近所の奥さんが遠くに立ってたような気がする」
「あなたを知ってる?」
「うん、話ぐらいはしたことがある」
「仕方ないわね」
 と、充代は言った。「それと……。私がコンビニから連れて行った、あなたの教え子だったっていう子……」
「矢ノ内か」
「あの子はどうなの? 放っておいて大丈夫?」
「いや、全く、あれにはびっくりした」
 と、宮里は言った。「ときどき手紙は来ていたが、まさか上京して来るとは……。しかも黙って訪ねて来るとは思わなかったよ」
「あの子にもショックだったでしょ。学校の先生だとばかり思っていたのに──」
「やめてくれ」
 と、宮里は遮って、「ホッとしたせいか、腹が減って来た。何か食うものを……」
「買って来てあげるわ。ホットドッグ? サンドイッチ?」
「ホットドッグでいい。ああ、それとホットコーヒーも頼む」
「分った」
 充代はカウンターへと向いながら、料金表を見た。
 おお充代、二十二歳。宮里の撮るビデオの細々とした雑用をこなしている。そして……。
「──ガツガツ食べないで」
 と、充代は、ホットドッグにかぶりつく宮里を見て苦笑した。
「食い方ぐらい、好きにさせろ」
「好きにしてるでしょ、充分に」
 充代は自分のトレイに、宮里の飲んだコーラの容器ものせて、「明日までに仕上げないと、お金が入らないのよ」
「分ってる。今夜、徹夜で片付けるよ」
 宮里は投げやりな口調で言った。
「手伝うわ」
「ああ、頼む。一人で編集してると、眠くなっちまう」
 宮里が食べ終えると、充代は自分のトレイに全部の皿やカップを集めて、〈返却口〉へと持って行った。
 ──二人は店を出ると、地下鉄の駅へと歩き出した。
「四十五分でまとめるんだったな」
「そうよ。イメージビデオ風のところはカットね」
「少しは入れてやらないとわいそうだろ。当人は精一杯わいく振舞ってた」
「せいぜい一、二分ね。でも、あの子、可愛いから人気が出るかもしれないわ」
「しかしな……」
 宮里が口ごもる。
 宮里が気にしていることは、充代にも分っていた。一度でもアダルトビデオに出れば、その事実はずっとついて回る。
 中には、そういう世界からスターになった女性もいるが、それは例外中の例外だ。
 言葉巧みに、若いタレント志望の女の子を口説いてAVに出演させている自分が、やり切れないのだろう。
「──そうだったわね」
 充代は、宮里の足が止まるのを見て言った。「病院に行く日でしょ、今日」
「ああ、そうなんだ」
「じゃ、奥さんの顔を見てらっしゃいよ」
 宮里は少し迷っている様子で、
「しかし、編集しなきゃならないしな」
「大丈夫よ。行かないと、奥さん、がっかりするわ」
「うん……。それじゃ早めに帰るようにするから」
「分ったわ。一応お弁当でも買っておくわね」
「ああ。じゃ、俺はバスだから」
 充代が背中を押してくれたことで、気が楽になったのか、宮里の後ろ姿は軽やかな足どりだった。
 充代は、宮里の姿が見えなくなるまで見送ると、地下鉄の階段を下りて行った。
 時間に追われる仕事をしている宮里は、入院している妻の所へなかなかいけない。だから、見舞った日は必ず遅くなるのだ。
 もちろん、充代はそのことで宮里を責めたりはしない。
「──どうなるかな」
 ホームに立って、呟いた。

▶#2-3へつづく
◎第 2 回全文は「カドブンノベル」2020年7月号でお楽しみいただけます!



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