大阪大学大学院医学系研究科の林竜平 寄附講座教授(幹細胞応用医学)、西田幸二 教授(眼科学、大阪大学先導的学際研究機構生命医科学融合フロンティア研究部門)、今泉務 研究員(ロート製薬株式会社、眼科学、幹細胞応用医学)らの研究グループは、脂肪組織由来間葉系幹細胞の培養上清(AdMSC-CM)が角膜上皮細胞に対し、細胞死の抑制、炎症性サイトカインの発現抑制、バリア機能の亢進効果を有することを明らかにしました。また作用機序として、TGF-βやJAK-STATシグナルが関与することを見出しました。さらに、AdMSC-CMの点眼が、ドライアイモデル動物に対して角膜のバリア機能を改善し、角膜上皮障害を抑制することを明らかにしました。
本成果により、これまで十分に治療法が確立されていない重症ドライアイ等の難治性角膜疾患に対して、AdMSC-CMが新規の治療薬となる可能性が期待されます。本研究成果は、2023年8月11日(金)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
図1. 本研究のまとめ
ドライアイは様々な要因により発症し、涙液量の減少や質の低下を特徴とした角膜上皮障害を誘導します。さらに、シェーグレンシンドローム等の重症ドライアイでは、角膜の炎症やバリア機能の低下が認められていますが、十分な治療法が存在しないのが課題でした。
脂肪由来間葉系幹細胞は、脂肪組織に存在している体性幹細胞であり、多様な生理作用を有することから細胞製剤として臨床応用が進んでいます。また同時に、脂肪由来間葉系幹細胞からの分泌物を含む培養上清(AdMSC-CM)に関しても、多様な薬効を有することが報告されており、新しい創薬ツールとしての開発が期待されています。しかし一方で、AdMSC-CMの薬効や作用機序に関しては研究が不十分であり、不明な点が多いことが課題でした。
これまでに研究グループでは、AdMSC-CMの角膜疾患に対する研究に取り組み、AdMSC-CMが角膜上皮細胞の上皮間葉転換を抑制することを明らかしています。さらに本研究では、AdMSC-CMのドライアイに対する創薬開発を目指し、角膜上皮細胞やドライアイモデル動物に対する効果の検証や作用機序の解明を行いました。
研究グループは、脂肪組織由来間葉系幹細胞を80%コンフルエントまで培養した後、培養上清回収用の培地に交換し、72時間培養後の培養上清(AdMSC-CM)を回収しました。AdMSC-CMの評価には、in vitroモデルとして塩化ベンザルコニウム(BAC)誘導型角膜上皮障害モデル、in vivoモデルとしてドライアイモデル動物を使用しました(図1)。まず、BAC誘導型角膜上皮障害モデルにおいてBAC濃度依存的な角膜上皮細胞の細胞死をAdMSC-CMが抑制しました(図2A)。さらに、AdMSC-CMはBACによる炎症性サイトカイン(IL6, TNF)の遺伝子発現の上昇を抑制しました(図2B)。続いて、BACによる角膜上皮細胞のバリア機能障害に対するAdMSC-CMの効果を評価したところ、バリア機能の指標となるTERの低下をAdMSC-CMが改善しました(図3A)。また、バリア機能関連タンパク質(TJP1, MUC16)発現の低下をAdMSC-CMが改善しました(図3B)。以上の結果より、AdMSC-CMが角膜上皮細胞の細胞死の抑制、炎症性サイトカインの発現抑制、バリア機能の亢進効果を有することが明らかになりました。
続いて作用機序を解明するために、RNA-seq解析や薬理学的阻害剤を用いた検討を行いました。その結果、TGFβやJAK-STATシグナルに関連する遺伝子の発現をAdMSC-CMが抑制していること、さらに両シグナルの薬理学的阻害剤を用いることでBAC誘導型角膜上皮障害モデルにおいてAdMSC-CMと同様の効果が得られることが明らかになり、AdMSC-CMの作用機序としてTGFβやJAK-STATシグナルが関与すること見出しました(図4)。
さらに、ドライアイに対するAdMSC-CMの効果を検討するため、涙液量の低下による上皮障害を発症するドライアイモデル動物(ラット)に対し、AdMSC-CMの点眼による効果を評価しました。その結果、AdMSC-CMはドライアイモデル動物の、角膜上皮バリアに関連するタンパク質発現の低下を改善し、角膜上皮障害を抑制することが明らかになりました(図5)。以上の結果より、ドライアイに対するAdMSC-CMの効果や作用機序を明らかにしました。
図2. BACによる角膜上皮細胞の細胞死、炎症性サイトカインの発現上昇に対するAdMSC-CMの機能評価
(A) AdMSC-CMは角膜上皮細胞の細胞死を抑制した。
(B) AdMSC-CMは角膜上皮細胞の炎症性サイトカインの遺伝子発現の上昇を抑制した。
図3. BACによる角膜上皮細胞のバリア機能障害に対するAdMSC-CMの機能評価
(A) AdMSC-CMは角膜上皮細胞のTERの低下を改善した。
(B) AdMSC-CMは角膜上皮細胞のバリア機能関連タンパク質発現の低下を改善した。
図4. AdMSC-CMの作用機序の解明
(A) TGF-β、JAK-STATシグナル阻害剤は角膜上皮細胞の細胞死を抑制した。
(B) TGF-β、JAK-STATシグナル阻害剤は角膜上皮細胞のTERの低下を改善した。
図5. ドライアイモデル動物に対するAdMSC-CMの点眼による機能評価
(A) AdMSC-CMは角膜上皮障害を改善した。
(B) AdMSC-CMは角膜上皮バリアに関連するタンパク質発現の低下を改善した。
本研究成果により、AdMSC-CMが多様な薬理作用を介してドライアイ等の角膜疾患の新規治療薬として確立できる可能性が示唆されました。今後、AdMSC-CMの有効成分の探索やさらに詳細な作用機序の解明を行うことで、ドライアイ治療薬としての開発を進めるだけでなく、他の疾患に対する応用や新しい作用点を介した治療薬の開発、間葉系幹細胞の効果の機序解明に繋がることが期待されます。
大阪大学大学院医学系研究科とロート製薬は幹細胞技術(培養法・分化誘導法・細胞単離法・評価技術など)とその応用による再生治療法の開発を目指し、2014年に大阪大学大学院医学系研究科附属最先端医療イノベーションセンター(CoMIT)に幹細胞応用医学寄附講座を設立し、間葉系幹細胞やiPS細胞を用いた、眼や全身疾患に対する再生医療の開発・実用化を目指した共同研究を行っています。本研究成果は、2023年8月11日(金)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Ocular instillation of conditioned medium from mesenchymal stem cells is effective for dry eye syndrome by improving corneal barrier function.”
著者名:Tsutomu Imaizumi1, 2, Ryuhei Hayashi1, 3, 4, Yuji Kudo1, 2, Xiaoqin Li1, 3, Kaito Yamaguchi1, 2, Shun Shibata2, 5, Toru Okubo1, 2, Tsuyoshi Ishii2, Yoichi Honma2,and Kohji Nishida3, 4
所属:
1. 大阪大学大学院医学系研究科幹細胞応用医学
2. ロート製薬株式会社
3. 大阪大学大学院医学系研究科眼科学
4. 大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)生命医科学融合フロンティア研究部門
5. 東北大学大学院医学系研究科情報遺伝学
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-40136-2
本研究は主として、大阪市イノベーション創出支援補助金(令和3年度)の助成を受けて行われました。
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